Special Super Love

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そして手塚とリョーマが、人目を憚らないイチャイチャバカップルになる切っ掛けは、あまりにも唐突にやって来たのである。

「リョーマ君」
部活中に不二が背後からリョーマに呼び掛けた。
「…何スか?」
話し掛けられれば、返事をするのが当たり前。
ただし、返事をしたくない時があるのも当たり前のようにある。
名前を呼ばれた瞬間、自分の中で『これは危険だ』と警笛が鳴っていたのだ。
先輩に呼ばれたのに無視する訳にはいかず、仕方なく身体を反転させて自分の名前を呼んだ不二と向き合った。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「…聞きたい事?」
少し訝しげな顔をしてしまうのは、声は普段のトーンと変わらないのに、その表情にはいつもの穏やか過ぎる笑顔が無かったから。
『嫌な予感』ってのは、結構当たるものだ。
「うん、そうなんだ」
「ちょっ、ちょっと…不二先輩!」
リョーマの了承を全く得ずに不二は腕を掴むと、コートの端に連れて行こうとする。
思わず手を振り払おうとするが、がっしりと掴んでいて無理だった。

「あり?どしたの?不二とおチビ」
「さぁ?」
コートの端で、リョーマに何かを話している不二の姿を部員達はただ眺めるだけだった。
それは、リョーマの恋人である手塚も同じ。
まだ2人の関係を秘密にしている為に、何も出来ない自分に苛立ちを感じる。
話を終えた2人は、そのまま手塚の前にやって来た。
「手塚」
「何だ?不二」
「リョーマ君と付き合っているって本当なの?」
その言葉に手塚だけでなく、偶然聞いてしまった部員達も動きを止めた。
「にゃ?手塚がおチビと?」
「付き合っている?」
コート内がにわかにざわめきつつある中、リョーマは困ったような顔をして手塚を見ているが、手塚としては今にもリョーマが泣き出しそうになっているように見えて痛々しい。
今の不二の台詞を聞いていなかった部員達の耳には、聞いた者達が次々に伝えていて、コート内で知らない者は僅かな時間で皆無になっていた。
「…不二」
「どうなのさ?」
不二が笑顔を消している理由がわかった。
大切に育てようとしていた恋心が、無駄に終わっていたのを知ったのだ。
しかもその相手は同じテニス部で、自分が一度も勝てない相手。
自分のリョーマへの執着はわかっていたはず。
なのに、それなのに…。
テニスも恋もこの男には勝てないなんて。
悔しい思いが顔に出ているのか、不二の顔から目を離さずに手塚も険しい表情を浮かべる。
「…どうなの?手塚」
「そうだ、俺達は付き合っている」
不二がどうして2人の関係を知ったのか、疑問はいくつか浮かび上がるが、これは良い機会だと考えを改めた。
知られたのなら、もう隠す必要は無い。
この際だから、はっきりと伝えてリョーマから潔く手を引いてもらおう。
「…やっぱり、本当なんだね」
「不二、お前には悪いが俺達は真剣に付き合っている」
「わかってるよ、リョーマ君から聞いたし」
諦めたような、自嘲とも思える笑みを浮かべた。
好きな相手から聞いても、実際は信じきれなかった。
だからこうして、リョーマの相手である手塚にも確かめたのだった。
「…でも、可能性がゼロでも僕は諦めない」
「不二?」
「仕方ないじゃない好きなんだから。だから、僕は僕なりにリョーマ君に愛情を持って接するからね」
普段の笑顔に戻ると、宣戦布告とも思えるセリフを吐き出して、リョーマの頬へ軽くキスをした。
「な、な、何するんスか!」
咄嗟の事に逃げる事も出来ずに、キスを受け入れてしまったリョーマは、真っ赤になって離れると、しっかり見てしまった手塚に抱き締められた。
「不二、お前…」
ギロリと睨んでも、のほほんとしている不二には全く効き目が無いのは良く判っている。
「いいじゃない、ほっぺにキスくらい」
しれっとした態度は、いつもの不二だ。
「良くない!お前は二度とリョーマに触るな」
「手塚って、心狭いなぁ」
あはは、と軽く笑う。
「お前にだけは言われたくないな」
リョーマを不二の視界に入れないように、自分の背に隠した。
不二としてはちょっとした意趣返しだったのに、手塚がこれほどまでに反応を返すなんて思わなかった。
「おちょくるのも結構楽しいのかもしれない…」
「何か言ったか?」
「独り言だよ」

2人の醜い言い争いの中、リョーマは恥ずかしさで小さくなっていた。
何故なら、部員達が全員こちらを見ているのだ。
引き攣った笑顔を浮かべる者。
あんぐりと口を開けて眺めている者。
面白そうに見ている者。
ノートに何やら書き込んでいる者。
胃の痛みを耐えている者。
十人十色の反応だった。
そしてこの日から、手塚は更に変わった。
部活中でもコミュニケーションを求める手塚に触発されて、リョーマも少しずつ変わり始めたのだった。

とある一組のホモ…いや、イチャイチャバカップルが誕生した切っ掛けは、実は不二周助がもたらしたものだったのだ。


不二自身は全く気が付かなかったが。



お付き合いがオープンになりました。